「耳なし芳一」を家電風取説にした話
私のプロフィールにある「テクニカルライター」ってそもそもあまり知られていない職業なんですが、取扱説明書を作ったりするのが仕事です。
「書く」でなく「作る」と書いたのは、その仕事がただ文章を書くだけではなく、製品の取材からDTPやコーディング、翻訳(海外向けの仕事が多い)やイラストの手配、校正など多岐にわたる場合が多いからです。
最悪の場合、工場へ行って取説を箱に詰める作業を手伝ったりすることもあります。
そんな経験をしてきた私が、なんのめぐり合わせかなんとあのおもしろサイト・オモコロの特集記事をお手伝いさせていただきました。
いやオモコロめっちゃ好きなんす!
なんせこの前のオモコロ×デイリーポータルZ主催の「日本おもしろ記事大賞」に応募してるからね。
おもいっきり受賞する気でいて佳作にも入らねえという情けない結果でしたが、今思えばそれが今までカチコチの文章を書いていた自分が初めて書き上げた生まれたてホヤホヤの右も左もわからねえ処女記事だったのだから、その得体のしれない自信どこから湧いてたの不思議、と首をひねります。
で、その私がオモコロに寄稿させていただいたのだから人生ってすごい。
日々取説を作りながら「こんな名前も載らなければ誰も読みもしないものを書いていてどうなるものか…」と思い悩んでいた自分に教えてあげたいです。
オモコロに載ったよーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!
前置きが長くなりました。
今回の記事は、オモコロライターであるマッハ・キショ松さんの企画で「いろんなジャンルのプロのライターが一つの作品を書いたらどんな違いが出るのか」というなんかそれだけ聞くとめちゃくちゃ真面目っぽい内容で、それまでの記事でキショ松さんが陰毛で楽譜を書いたりしていたのが悪い夢のよう。印象がぐりんと裏返りました。
題材は「耳なし芳一」。
今回は制作レポートを兼ねつつ、ここからはせっかくなので普通の文章を取説風にする書きかたをご紹介したいと思います。
はじまりはじまり。
「芳一を家電に」からスタートした取説作り
というわけで芳一の取説を作ることになった。
題材もコンセプトも決まっている。
問題は、芳一を何の取説にするかだった。
なんとかして芳一を自分のフィールドに引き込まなければならない。
そのためには、できれば自分が専門にしていた家電製品でいきたい。
芳一を家電にできるだろうか?
芳一と家電…そんなアクロバティックな発想したことないわ。
そう思いながらあらためて「耳なし芳一」のあらすじを読み返してみたら、芳一はどうやら腕の良い「琵琶法師」だったらしい。
琵琶で音楽を鳴らすって…
それ、オーディオじゃん。
“BIWAプレイヤー”じゃん。(DVDプレイヤー的なイメージ)
人型だから“パーソナル”も付けよう。(ポータブルDVDプレイヤー的なイメージ)
こうして、芳一はあっさり『パーソナルBIWAプレイヤー』という名の家電となった。
早かった。
取説が取説であるための要素とは
次は取説に必要な要素をそろえていく。
家電に限らず世の中のいろんなものの取説を比べてみると、似通った項目が多いことがわかる。
そういう骨組みをそのまま利用すれば、芳一だってそれっぽくなるのではないかと考えた。
取説を構成する要素をざっとあげてみると、
・表紙(社名、型番、製品名、製品イラスト、お礼の文)
・安全上のご注意(これをすると危ない、故障の原因になる、などの注意文)
・もくじ
・主な特長(性能をほめそやす文)
・各部のなまえとはたらき(製品イラストにキャプションで説明)
・付属品(ちなみに取説は付属品のひとつ)
・準備(組み立てかたや取り付けかたなど)
・使いかた(「1.〇〇を押す」など手順を説明する文)
・困ったときは(Q&A形式の表。「故障かな?と思ったら」「トラブルシューティング」などというときもある)
・保障とアフターサービス(保証やメンテ、窓口案内などの情報)
個人で作るならさすがに全部は必要ないので、この中からいくつか書きたい要素(書ける要素)を選べば良いだろう。
最低限必要(あるとそれっぽい)と思われるのは、表紙・使いかた・困ったときはの3つ、
あると良さそうなのは、ご注意や各部のなまえとはたらき、あたりだろうか。
今回は文字数に限りがあったので、最初はほぼすべての項目を書いたけど泣く泣く削った。
陰毛で楽譜を書くキショ松さんは書くと営業妨害になったら困るけど実はとても良い人で、この話をしたら同情してくれた。
でも、この作業が実はめちゃくちゃ大事。
テクニカルライティングとは、何をどう書くかと同時に何を書かないかを決める作業でもあるので、たくさん書いて削るのはあたりまえ、文字数の制限内におさめるのはもっとあたりまえ。
この作業によって内容と文章が洗練されていくことになるのだ。
とか先輩に教わったことを偉そうに書いてみたけど、私はそんなこと簡単にはできないのでものすごい時間をかけてなんとか骨組みができあがった。
テクニカルライティングの神髄はお母さんにあり
書きたいことが決まったのでいよいよ文章を決めていく。
テクニカルライティングの基本はいろいろあるけど、とりあえず基本的なルールとしては「です・ます」調で統一しつつ、何を書くにも常に自分のお母さんに説明するつもりのスタンスでやること。
おのずとわかりやすい文章が書きやすくなる。
あくまでも、誰が読んでも同じ意味になるように書くことが大切なのだ。
見た目でいえば、あまり漢字を多用しないのもそれっぽくなるポイントのひとつ。
誤読されやすい漢字や難しい漢字、「おこなう」「ください」などはひらがなで書くと雰囲気が出る。
もちろん、誤字・脱字は本来なら朝礼で公開処刑されるレベルの罪なので気をつけよう。
ディテールにこだわりを盛る
あとは細かい部分でやりたいことをやっていきたい。
たとえば型番は「YKM‐H01」とした。
誰も気づいていないかもしれないが、「耳なし芳一」を書いた小泉八雲の「Y(や)K(く)M(も)」と「H(ほ)01(いち)」からきている。
すごくしょうもないんだけど、本物の製品もわりとしょうもない感じの略とかイニシャルの羅列だったりするので実は正解なメソッドだ。
ほかにも「故障かな?と思ったら」はおもしろくなりやすいQ&A要素なのでぜひ何かやりたい。
実際の取説は、まずいちばん最初のQに「動かない」的な問題が起き、Aには「電源が入っていますか」「電池が正しい向きに入っていますか」などバカにしてるくらい根本的な回答がくることが多い。
芳一の場合ならば、BIWAプレイヤーとはいえパーソナル(人間)なのだから死ぬことがあるだろう。
ならば、動かないなら死んでいないか確かめるというプリミティブなソリューションをぜひご提案したいところ。
物語の肝となる「経文を書かない部分は怨霊に持っていかれる」エピソードも入れればほぼ完成。
残るは、体裁を整えるのみだ。
制作秘話・あのイラストがすごい
さあ最後は見栄えの体裁を整える、いわゆるDTP的な作業。
会社に所属していた時は「InDesign」という編集ソフトで組版をしていたのですが、なんせしがないフリーライターの私はそんな高級品持ってない。
というわけで庶民の強い味方・ウインドウズのおなじみ「Word」で作ってみた。
まぁ足りてない。
機能もフォントもとにかく足りてない。
「0.3ミリ」とか「0.1ポイント」単位までこだわって仕事をしてきた身としては、できないことが多すぎてぐぬぬぬ…となったけど、でもいろいろあきらめた結果いい感じにダサい仕上がりになって結果オーライだった。
「Word」を駆使して作られた取説もないことはないので、まぁこのくらいなら「Word」でじゅうぶんなのかもしれない。
ところで、表紙に製品のイラストがあったのにお気づきだろうか。
私はイラストなど描けないのでフリー素材を探したのだけれど、いい感じの芳一のイラストなどこの世にあるわけがなく、キショ松さんに相談した。
「これこれこういう感じのイラストが欲しいんですけど…」
そしたらミラクルが起きまして。
なんとあのオモコロライター・ギャラクシーさんが描いてくださるというではないの。
みなさんあれ、どこにも書いてないけど、なんだったら私が描いたみたいな空気になってるけど、ギャラクシーさんが描いてるんだからね!
すごいよーーーーーーーーーーーーーーー!
(ギャラクシーさん的にはしょうもなすぎるイラストを描くはめになってご迷惑だったに違いないしむしろ隠しておいたほうがよかったのかもしれないけど、どうしても感謝の意をお伝えしたかったし、しょうもない発注通りに仕上げてくださったプロとしてのお仕事に対する姿勢として、どうしても言わずにおれませんでした)
ギャラクシーさん、本当にありがとうございました!!
こうして「耳なし芳一」の家電風取説は完成したのでした。
というわけで、できあがったものがこちらになります。
どうぞご査収くださいませ。
よろしくお願いいたします。
今回お世話になったキショ松さんはじめオモコロスタッフのみなさん、どうもありがとうございました! またいつかいっしょにお仕事できる日が来ますように!
キショ松さんの記事はこちら。
ほかのライターさんたちがすごくおもしろいのでぜひ!
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