ウイスキー『山崎』の県境問題を調べたら平和になった
私の住む町には、サントリーの「山崎蒸留所」がある。
あのサントリーの有名なウイスキー『山崎』を造っている工場だ。
場所は、大阪府三島郡島本町山崎。
美味しい湧水とウイスキー造りに適した自然に恵まれたところだ。
その山崎にあるからあのウイスキーは『山崎』というのだ。
朝ドラ「マッサン」の題材になったこともあり、工場には全国から多くのウイスキーファンが訪れる。(過去にデイリーで木村岳人さんが書かれた工場見学の記事もあります)
住所に“郡”とかついているので薄々お気づきかもしれないが、ここは大阪でもかなりの田舎町なので、住民にとってこの工場の存在は大きく、みな誇りに思っている。
大阪の小さな田舎町にある輝かしい観光スポット、それが「サントリー山崎蒸留所」なのだ。
しかし。
先日、サントリーのサイトにこんな表記を見つけた。
おわかりいただけただろうか。
大阪府の地域のことを、まさかの「京都の南西」表記である。
そんなことがあってもいいのだろうか。
たしかに山崎蒸留所は大阪と京都の県境(府境)ギリギリの位置にある。
でも、蒸留所があるのはあくまでも大阪側だ。
不安になりサントリーのホームページで住所を確認したがやっぱり大阪府だった。
なのに「京都の南西」とは。
このゆがんだ表記はいったいなにごとなのか。
なにか「大阪」と言いたくない理由でもあるのか。
たしかに「京都」だと上品で洗練されてるイメージ、「大阪」だと…まあその逆の感じがする風潮はあると思う。
今回の場合もそれなのだろうか。
島本町民として、そして大阪府民として、ひじょうに気になる。
まずは事実をたしかめる
ここはいちど冷静になり、客観的に情報を分析してみよう。
まずはサントリーのホームページとウイスキー『山崎』のブランドサイトで、「大阪」または「京都」にまつわる記載がどの程度あるか調べた。
驚愕の結果をとくとごらんいただきたい。
■「京都」にまつわる表記
おわかりいただけただろうか。
写真1枚目の「京都郊外・天王山の麓」という表現ならまだ「天王山は京都郊外だ」と言ってるだけかもしれないのでセーフだが(※県境をまたいでいるがほぼ京都にある)、2枚目からは堂々と「京都郊外・山崎の地」である。
4枚目の地図のボカシの技巧も光っているし、しまいには「in 京都」な「山崎の宴」までおこなわれていた。
では「大阪」にまつわる表記はどうだろうか。
■「大阪」にまつわる表記
どうだろうか。
ひととおり調べて受けた情報量の感じとしては、「京都9:大阪1」ぐらいだった。
一生懸命探さないと「大阪」の文字には出会えない。
「京都」をイメージさせる表記はふんだんに出てくるけれど、所在地など事実としての「大阪」の量は最低限なのだ。
これは、いったい…。
地元の人に聞いてみる
気になるので山崎へ行き、地元の人にインタビューしてみた。
訪れたのは県境から少し京都側にある、地元の人が集うカフェ。
店主さんとその場にいたお客さんに話を聞いた。
(店名は伏せますが、あまりにおしゃれなお店で筆者がたいへんに浮いたことだけは明記しておきます)
ー山崎蒸留所がどこにあるか知っていますか?
店主「島本町です」
ー大阪か京都かと聞かれたら?
店主「もちろん大阪です」
ーウイスキー「山崎」のブランドサイトを見たことはありますか?
客1「あるよ」
ーそこに蒸留所が「京都の南西」と書かれているのですが気が付きましたか?
客2「あれ、ずるいよな!」
客1「そうそう、『大阪やろ!』ってツッコミ入れたもん」
客2「やっぱ京都のほうが美味しそうに聞こえるもんな」
ーつまりイメージ戦略だと?
客1「完全にそうやろ」
客2「完全にそうやな」
ーなるほど。では、県境に住んでいて、自分がどちら側の人間だとか意識することはありますか?
客2「京都側に住んでるけど特に自分を京都の人間と思ったことはないな」
店主「この辺の人は自分たちのことを『山崎の人間』と言うと思います。京都も大阪もないんじゃないかな」
思いがけずピースフルな結論が飛び出したが、注目したいのはやはり『京都のほうが美味しそう』という発言だろう。
やっぱりか…認めたくはなかったけど最初から薄々気づいてたよ…
隠密活動もしてみる
いよいよ疑念が深まったので、敵の本丸・山崎蒸留所へも行ってみた。
工場見学に潜入して、ガイドツアーの人の説明から言質を取るのだ。
完全に不審人物である。
全国のウイスキー好きに混じって、こじれた地元民が工場へ入っていく。
25名ほどの見学者にガイドさんがひとり付き、工場内をめぐりながらウイスキー造りについて説明をしてくれる。ツアーはおよそ80分。
このガイドさんがツアー中に何回「京都」または「大阪」と発言するかを調べたい。
こんな目的で来ているのは私くらいだろう。
他の参加者のみなさんはきっと純粋にウイスキーが好きなのだろうと思うと、挙動不審を隠すのがせいいっぱいである。
でもこれは、島本町民のため…!!
ひいては大阪府のため…!!
なんとか隠密とバレることなくツアーは終了。
ガイドさんのツアーでの発言の結果はというと…
京都:0回
大阪:1回
言わなかった。
まさかの「京都0回」である。
イメージ戦略ならばもっと「京都」と言っていいし、「大阪」は言っちゃいけない。
ガイドさんはしきりに「山崎」と言うばかりだった。(あたりまえだ)
さらにインタビューしてみた
幸運なことに、工場見学に来ていた方にもお話を聞くことができた。
ーここは何県だと思いますか?
大阪市在住Hさん「大阪府なんですよね? 最初は京都にあると思ってたのでちょっと疑いました」
ーどうして京都だと?
大阪市在住Hさん「最寄り駅(JR山崎駅)が京都にあるので…」
ーなるほど。でも理由はそれだけなんでしょうか?
大阪市在住Hさん「え…あのよければ電話して友達にも聞いてみましょうか? …もしもしあのね、山崎蒸留所ってあるやん、あれどこにあると思う?…なんで?…うん、うん、わかったありがとう、じゃあね…京都だそうです」
ーど…どうしてですか?
大阪市在住Hさん「京都からのアクセスが良いから京都のイメージがあるそうです。ちなみに岐阜の友人です」
ーあ、ありがとうございました…
いきなりの変な質問に答え岐阜の友人にまで変な質問をしてくれたHさんのアグレッシブさに圧倒されつつも、ここで重要なキーワードを手に入れた。
そう、『最寄り駅』である。
山崎には駅が2つあるが、どちらも京都側に存在しているのだ。(ホーム上に県境のあるさきほどのJR山崎駅も駅舎は京都側にある)
京都の駅で降りて徒歩で行った先が大阪だとはふつうに考えにくいだろう。
ナチュラルに京都を感じさせる要素もあったのだ。
こうなったらサントリーに聞いてみるしかない
わからなくなってきた。
本当は工場見学のとき、ガイドさんに「ねぇ、あれってイメージ戦略なんでしょう?」と聞いてみたかったがさすがにそれは恐ろしくてできなかったので、サントリーのお客様相談に電話で問い合わせてみることにした。
水にこだわる水割りファンの体で質問し、決定的な「大阪」または「京都」発言を引き出したい。
ーウイスキー『山崎』はどこの水で造られているのですか?
大阪と京都の境にある山崎という場所にある工場の敷地の地下水を使用しています。
ーでは、名水百選にえらばれている「離宮の水」と水源は同じなのですか?
山崎の湧水という点では同じですが、水質が同じかなどそれ以上細かいことについてはご案内しておりません。
ー「離宮の水」で『山崎』を水割りにしたら美味しいかなと思ったのですが…
そういうことでしたら弊社では「サントリープレミアムソーダ」で割っていただくのをおすすめしています。
ーそうですか……工場見学に行きたいのですが、工場はどこにありますか?
大阪と京都の境にあります。京都からのほうがアクセスしやすいと思います。住所としては大阪府三島郡島本町山崎という場所になります。
ー………ありがとうございました…
いいえ、またいつでもご質問ください。
『山崎』を究極に楽しむためのたったひとつの方法
私は境界というものを気にしすぎていたのかもしれない。
カフェの店主も言っていたではないか、彼らには京都も大阪もないのだと。
私が自然とそんなピースフルな気持ちになれたのは、そう、この『山崎』の離宮の水割りのおかげなのかもしれない。
おまけ
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